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醤の郷へようこそ

質問4 いつ頃から醤油が造られるようになったのですか?

 答え 天武天皇(673〜686年)の頃に伝わったとか、聖武天
    皇(724〜748年)の頃、唐(現在の中国)の僧鑑真が伝
    えたとか、崇神天皇(前97〜30年)の頃にはすでに伝わ
    っていたとかいろいろな説がありますが、基本的に醤油の
    ルーツが隣の中国から伝わってきたのは確かなようです。
    しかし、そのころは「醤(ひしお)」と呼ばれていて、どの
    ようなものだったかはよくわかっておりません。想像する
    に、原始的な味噌のような固形のものではなかったかと言
    われています。
    現在のような液体の醤油が造られるようになったのは鎌倉
    時代の僧覚心が宋(現在の中国)から経山寺味噌の製法を伝
    え、その味噌桶の底にたまった汁で食物を煮ると大変おい
    しくなるこを発見して以来、溜醤油のようなものが造られ
    ることになったと、和歌山県有田郡湯浅町の「湯浅沿革」
    という言い伝えに残っています。

質問5 どうして小豆島で醤油が造られるようになったのです
    か?


 答え トップペ−ジにもありますが、関ヶ原の合戦(1600年)の少
    し前、文禄年間(1592〜1595年)に紀州の湯浅(上記現在の
    和歌山県有田郡湯浅町)の赤桐家一族から製法を学び伝え
    られたのではないかと言われています。
    質問1でお答えしたように、醤油の原料は大豆、小麦、塩
    です。
    小豆島は古くから塩田が栄え、良質な塩の生産地でした。
    また小麦も栽培されており、対岸の讃岐本土はうどんで有
    名なように小麦の一大産地でした。
    さらに小豆島は、地理的に瀬戸内海の海上交通の要衝とし
    てひんぱんに船が行き交っており、島の主な物産(石材、
    塩、農産物)を各地に輸出しておりました。
    大豆の産地であった九州とも行き来があり、帰りの船に積
    んで帰ることは容易だったわけです。
    そう言う訳で原料が簡単に手に入ったのと、幸いにも気候
    風土が醤油醸造に適していたのが重なって、一躍醤油産業
    は島の主力産業となったのです。

質問6 「醤の郷(ひしおのさと)」ってなんですか?

 答え 小豆島には醤油以外にも、醤油を元にした佃煮産業、日本
    三大生産地であるそうめん、日本で初めて栽培に成功した
    オリーブ、そして日本三大渓谷美の一つ寒霞渓を中心とし
    た観光産業があります。
    醤油と佃煮二つの産業は切っても切れない縁があるため、
    島の東南部、内海町安田地区と苗羽地区に企業が集中して
    います。
    そこで島おこしの一環として商工会が中心となり、観光業
    界にも協力を依頼し、安田・苗羽地区の醤油・佃煮企業が
    集中する界隈を「醤の郷」として整備することになりまし
    た。今では美しい蔵並や、古い建物が並ぶ間を縫うように
    散策路が作られ、登録有形文化財の見学などが出来るよう
    になっています。マルキン醤油記念館もその中心的役割を
    担っています。

    ←いたるところにこの大のれんが掛かっています。


質問7 現在小豆島にはいくつ醤油企業があるのですか?

 答え 一番多いときは明治初期(明治11年頃)で大小合わせて四百
    軒程あったという記録がありますが、二度の大戦や経済の
    浮沈により統廃合され、今では二十数軒程になっていま
    す。しかし、これは小豆島だけでなく全国的な傾向で、や
    はり時代の波は厳しいといえます。

質問8 醤油はどのくらい作られているのですか?

 答え 全国で年間約95万1千tが生産され、その内の94万tが国
    内で消費されています。(平成16年総合食料局調査)
    この計算でいきますと、国民一人当りが1年間に7.3sを
    消費していることになります。(一升瓶約4本分!)ちなみ
    に昭和35年のデータでは、年間生産量131万4千t、国内消
    費量130万3千t、一人当り13.7s(一升ビン約7.5本分!!)
    を消費していたというのですから、いかに現代の日本人が
    和食離れしているのかが分かります。
    また、女性が社会に出て働く家庭が多くなり、料理も簡単
    に出来る洋食や中華が好まれるようになってきたのも原因
    です。
    逆に海外では和食が流行して、輸出したり、海外で生産し
    たりする量が増えてきています。

質問9 醤油以外の物も作っているのですか?

 答え 質問8でお答えしたように、醤油の消費量はどんどん減っ
    ています。スーパーやコンビニでは出来合いのお総菜が主
    力商品となりつつあります。一からだしを取って、醤油で
    味付けしてという家庭が少なくなり、逆に少し手を入れる
    だけでおいしい料理が作れるというだし醤油やつゆ・たれ
    の消費が増えてきました。各企業もそういう醤油加工品に
    力を入れて生き残りをかけています。
    マルキン忠勇でも醤油・醤油加工品・漬物を生産するとと
    もに、「人にいいもの、おいしいもの」をモットーに健康
    食品や医薬品にも力を注いでいます。

質問10 これから醤油はどうなるのでしょうか?

 答え 国内では消費が減っていると申しましたが、逆に海外では
    増えています。日本人が何千年もかけてつくりだした和食
    文化は、世界中の人々に認められつつあり、その中心にあ
    る基本調味料が醤油と味噌です。
    長期海外旅行をした方が帰国して真っ先に食べたいのが日
    本料理というように、私達が日本人である限り醤油や味噌
    の味は食の原点として奥深くに存在していると考えます。
    そう言った意味では本当に日本の食文化を認めなければな
    らないのは私達日本人かもしれません。
    飽食の時代とかグルメブームに惑わされず、日本の伝統と
    文化をきちんと認識できたとき、醤油もまた造られ続ける
    でしょう。
    そのためにも私達醤油に携わる者は、伝統を守り続けると
    ともに、日々良い醤油を造り皆様の食卓へお届けすること
    が義務と考えています。