諸味蔵
昔ながらの製造法でもろみを熟成させる天然醸造蔵
明治40年(1907年)の創業、商標は「こんぴらさん」で有名な地元讃岐の金刀比羅宮の御紋章をいただきました。
昭和24年(1949年)戦中戦後の混乱期を乗り切り、大阪証券取引所に上場いたしました。
平成12年(2000年)「忠勇株式会社」と合併し、商号を「マルキン忠勇株式会社」に変更、現在は醤油のみならず、漬物、健康食品、医薬品など多岐にわたって製造販売しています。

マルキン共栄株式会社は平成7年(1995年)、マルキン忠勇の製品を始め、小豆島の物産品を全国に通信販売するほか、創立80周年を記念して創られた「マルキン醤油記念館」の運営を目的に設立されました。
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マルキン感謝セール
小豆島醤油の発祥伝説

 約四百年ほどの昔、大阪城築城のため小豆島から大量の石材が切り出されました。
 大阪から石奉行として加藤清正公らがやって来たおりに、当時紀州(和歌山県)の湯浅で造られていた醤油を持参し、料理にかけて食べたそうです。
 それまで醤油を見たことがなかった島民は、ご相伴にあずかった時、こんなに旨い物は食べたことがないと驚いたそうです。
 関ヶ原の合戦の少し前(文禄年間一五九二年〜九五年)島民の一人が湯浅へ醤油の製法を学びに行き、島に帰って製造したのが小豆島醤油の始まりと言われています。
 幸いにも小豆島には赤穂から製法が伝わった良質な塩がとれる塩田がありました。
 また目の前の讃岐はうどんで有名なように小麦の産地です。
 更に、当時の社会では大量の貨物は主に船で運ばれており、小豆島は会場運輸の要所として重要な位置にありました。
 島からも塩や石材が関西や九州に運び出されており、その帰りの船に大豆を積んで来れば一石二鳥です。
 これで醤油の原料である大豆、小麦、塩が簡単に手に入るようになりました。
 そして小豆島で醤油を発展させる何よりの条件となったのは、一年を通して雨が少なく温暖な気候風土が醤油醸造に適していたということのようです。
 以来四百年間、時代により盛衰はあるものの、連綿と醤油醸造は島の人達に受け継がれて参りました。
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マルキン忠勇株式会社本社工場